葦の髄より中国を覗く (よし)の髄(ずい)より中国を覗(のぞ) 「反日感情」見ると聞くとは大違い
黒古一夫 著
四六判並製/カバー装
本文248頁
2014年11月発売
定価1,620円(税込み)
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書評
図書新聞 2015年3月28日付
東京新聞・中日新聞 2015年2月15日付
週刊読書人 2015年1月16日付/3073号
京都新聞 2014年12月7日付
序文より
 周知のように、私が訪中した二〇一二年九月は「尖閣諸島(中国名・釣魚島諸島)」の国有化を巡り、国交回復四〇周年の記念すべき年だというのに、日中関係がぎくしゃくし始めた(緊張状態になった)時期で、私の中国での再就職(というより、報酬や待遇のことを考えると、ヴォランティア的な仕事と言ったほうが適切であった)を知った家族や親戚をはじめ友人・知人の多くが、決まり文句のように「大丈夫?」と声をかけてくれるような状況にあった。
(中略)
 そんな中国人による「反日」感情の発露も経験したが、私の二年間という短い中国(武漢)生活の経験に照らして言えば、メディアが伝える「反日運動」の参加者と現実の中国人(民衆)が私たち日本人と接する態度とでは、ずいぶん開きがあるのではないかとの感想を持たざるを得なかった。その最大の理由は、武漢人や私が訪れた上海や北京、済南の人々が「特別」だったのか、テレビの画像や新聞の写真が伝える中国人の「激しさ」に、二年間で私は一度も出会わなかったからである。
 そこでふと思ったことは、たしかにテレビの映像などで伝えられるように、「日本」関係の企業などに石や生卵を投げつけ、また日本車に火を付けて気勢を上げる人も存在するだろうが、それは(ある種の意図を持った人々に扇動された)ごく一部の人たちであって、大方の中国人は私が二年の間に接した中国人と同じように、「穏やか」で「親切な」人たちなのではないだろうか、ということであった。
(中略)
 以上のことを踏まえて、私が武漢という一地方都市で経験したことを一言で言うならば、それはまさに「見ると聞くとは大違い」というものであった。
目次
序 見ると聞くとは大違い
第一章 「反日感情」と中国の大学
第二章 葦の髄から見た中国――武漢での生活から
第三章 現代中国学生事情
第四章 中国あちこち見聞記
著者紹介
黒古一夫(くろこ・かずお)
1945年、群馬県に生まれる。群馬大学教育学部卒業。法政大学大学院在学中、小田切秀雄に師事。1979年、修士論文を書き直した『北村透谷論』(冬樹社)を刊行。批評家の仕事を始める。文芸評論家、筑波大学名誉教授。主な著書に『立松和平伝説』『大江健三郎伝説』(河出書房新社)、『林京子論』(日本図書センター)、『村上春樹』(勉誠出版)、『増補 三浦綾子論』(柏艪社)、『『1Q84』批判と現代作家論』(アーツアンドクラフツ)、『辻井喬論』(論創社)、『祝祭と修羅―全共闘文学論』『大江健三郎論』『原爆文学論』『文学者の「核・フクシマ論」』『井伏鱒二と戦争』(彩流社)他多数。
※ここに掲載する略歴は本書刊行時のものです。
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